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ゲーデル
やれやれ。オウエンのそれは、持ち込まれた生産物が何日の労働に相当するかを計算して、それに相当する労働券を通貨の代わりに発行するものだった(似たようなマゼル銀行というのが、サン・シモン主義者によってフランスにもすでにあったのさ)。いわば労働価値論に基づいて価格や価値を、銀行が決めるのだ。しかしプルードンは銀行が価値決定に関わることを断固拒否した。それは銀行が不当な権威を持つことにつながる。あらゆる権威を廃絶しようとしたプルードンからすれば当然だった。むしろプルードンは王や国家の政治的権威を廃絶するのと同様に、貨幣の経済的権威(貨幣が商品に対してもっている優位性)をもなくそうとしたのだ。
カンパネルラ
貨幣が商品に対してもっている優位性って何ですか?
ゲーデル
今の言葉で言えば「流動性」だね(プルードンは交換可能性と呼んだ)。貨幣はいつでもどんな商品とも交換可能だが、商品はそうではない。プルードンは、商品の流動性を高めることで貨幣に匹敵させることを目論んだ。商品を引き受け「交換券」に変換し、流動性を高めるのが「交換銀行」の機能だ。したがって、市場でだぶついた(つまり貨幣と出会えないでいる)商品についても「交換銀行」は引き受け、流動性のある「交換券」に変換する。「交換券」は商品の交換可能性を高めただけのものだから、商品と対応せずには発行されない。従ってインフレもない。
カンパネルラ
なんか今流行の「地域通貨」みたいですね。
ゲーデル
「地域通貨」の理論的バックボーンとなってるシルビオ・ゲゼルは、プルードンから深い影響を受けてる。その主著『自然経済秩序』は、プルードンの引用と、プルードンについての言及から始まってるよ。
「不労所得の撤廃があらゆる社会主義運動の目標だったけど、コミュニストときたら生産の国有化だか社会化だかそんなことで目標を達成しようとした。私の知るかぎり一人の社会主義者、すなわちピエール・ジョセフ・プルードンだけが、資本の本質をつきとめ、それとは違った問題解決の可能性を示した」
と。
カンパネルラ
かっこいい(でも集産主義のバクーニンなんて出る幕なしですね)。
ゲーデル
ほんと社会主義といえば計画経済と、アホの一つ覚えの連中に聞かせてやりたいね。ゲゼルはこうも言ってる。なぜ世界中の新聞がマルクスを取り上げるようになったのか? その答えは、資本家にとって命取りになるプルードンを忘れさせるために、(キリスト教の教義と同様に資本主義にとって)無害なマルクスとその理論を広めるのが目的だったというのさ。
カンパネルラ
(爆笑)
ゲーデル
詳しいことはこれ以上言えないけど(利子や地代の議論など重要なところを飛ばすことになってしまうけど)、中央集権をまねく計画経済で経済のアナーキーを押さえ込むのでなく、個人と集団の自発性に基づく、それぞれ容易に変更可能な、網状的に無数に結ばれる諸契約こそプルードンの望むところだった。一見無秩序にみえても、どのレベルでも自由の原則が貫かれている。と、これだけみても、いわゆる共産主義が、社会主義の可能性をいかに狭めてしまったかよく分かるね。抹殺されたり頓挫した種々の社会主義のプログラムには、今も莫大な知恵が人知れず眠っているのかもしれない。
カンパネルラ
わくわく。それでその「交換銀行」はどうなったんですか。
ゲーデル
いくつかの変更がなされ「人民銀行」という名前で実施された。27000人ほどのユーザーを集めたが、これからと言うときに、ルイ・ボナパルトにプルードンが国外追放されてしまいポシャってしまった。
カンパネルラ
とほほ。がっかり(期待持たすだけ持たしといて、もう)。でもとりあえず、全然「爆弾でだれかを吹っとばすなんて主義じゃないわ」ですね。
ゲーデル
プルードンにとっては、革命はわざわざ起こすものではなく、不回避でしかも極めて危険なものだった。人間にできるのはせいぜい、それを平和理に軟着陸させることだけだ。富と権力はむしろ、革命の平和的達成を妨げるが故に廃止されなければならないのだ。マルクス主義者が待ち望む大恐慌による資本主義の崩壊によって誰が一番割を食うのか(弱い人たちだ)、それを避けながらどうやって資本主義を解体するのか、をプルードンは考えていた。
カンパネルラ
うひゃー。なんかアタマがぐるぐる回りますね。『革命家の教理問答』なんか書いてるバクーニンとえらい違いですね。革命のためにも最も卑劣な手段でも肯定されるという革命家マキャベリズム、必要なら暗殺すら辞さないと。こっちは爆弾でぶっとばす主義ですか? 集産主義だし、困った奴ですね(しかも大酒飲みだし)。
ゲーデル
バクーニンが、「サタンこそは永遠の反逆者、最初の自由思想家、世界の解放者である」といったのは、反権威の権化としてそういったのであって、べつに悪魔教の信者ってわけじゃないけどね。あたりまえだけど、バクーニンはこうも言ってる、「我々は、人間の死ではなく、身分と物事の廃止を望んでいるのだ」。
カンパネルラ
じゃあやっぱり、アナキストって直接行動という暴力に訴えるテロリストではないんですか? ぼくの大好きな小説のクライマックスでは、アナキストは象に乗ってロンドン中を駆け回るんですけど。
ゲーデル
それってチェスタトンの『木曜日の男』じゃないか? テロなら、マルクス主義者だってやったし、キリスト教徒だって、ヒンズー教徒だって、国粋主義者だって、共和主義者だって、回教徒だって、シーク教徒だって、ファシストだって、ユダヤ人だって、やったよ。
カンパネルラ
でもそれは「戦争犯罪は日本だけじゃない」みたいな言い訳と同じですよ。
ゲーデル
アナキストは別に、何の見解も理想も持っていない、破壊衝動だけをもった「爆弾野郎」ではない。そんなことしたって、専制や抑圧がなくなる訳じゃないことなんて、誰でも少し考えればわかることだよ。
カンパネルラ
しかし、火のないところに煙は立たないんじゃないですか。

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